厚生労働省が昭和60年から続けている調査で、平成27年に初めて「生後1ヶ月を完全母乳で過ごした母子の割合が半数を超えた」という報道がありました(※1)。
母乳育児を希望しているママは多いので、一見、喜ばしい結果に見えるかもしれません。
ですが、産後の1ヶ月間はママの体調は思わしくなく、慣れない育児に疲れ切っている人も少なくありません。また、ホルモンバランスの変化もあり、精神的に不安定になることもあります。
「母乳育児の人が半数を超えた」という事実の裏側で、ママ達はどのような気持ちで、その日々を過ごしてきたのでしょうか。
産後1ヶ月は母乳への不安が最も強い
「ninaru baby」のアンケート(※)で、半数以上のママが母乳の出について悩んだ経験を持っていることがわかりました。
悩みを抱えたタイミングは、まさに「完全母乳で過ごした母子の割合が半数を超えた」と報道された、生後1ヶ月間のことでした。
赤ちゃんのためを思って、ままならない体にムチ打って頻回授乳をしたママも少なくないでしょう。
赤ちゃんのためを思って、おっぱいをマッサージしたり、食べる物を我慢したり、できるかぎりのことをしたママも少なくないでしょう。
そんな中、「ninaru baby」編集部には「母乳神話」に苦しめられてしまったママたちから、数多くの声が届きました。
ーなんとしても、母乳で育てなくてはー
ー母乳が一番。ミルクを与えるのは母親失格ー
そんな、母乳神話に苦しめられてしまっているママたちの声を聞くと、「母乳育児の人が半数を超えた」という結果を、単純に喜ばしいことと捉えることはできませんでした。
母乳神話に苦しむママへ。
産婦人科医から伝えたいこと
「ninaru baby」編集部に寄せられた数多くの声は、そのどれもが赤ちゃんのことを思い、悩み、苦しみ、そして、自分を責めてしまっているものも少なくありませんでした。
少しでもママたちに寄り添いたい。少しでもママたちの力になりたい。
そう思って今回は、「母乳神話」に苦しめられてしまっているママたちに、母乳育児のサポートを行っている間瀬医師からのメッセージをお届けします。
母乳神話に苦しむママたちの声
【1】ミルクは足しちゃいけないの?
自分のおっぱいがあまり出ず、満足せずに泣く子供を見て申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
母乳外来では乳首のケアやマッサージをしてもらいましたが、それでも効果はなく…。「ミルクを足してるから出ない。とにかくミルクはあげるな」と言われました。
でも、おっぱいが足りなくて泣いている子供を見るとミルクを足さないわけにはいかず、ミルクを足すとスヤスヤと眠る子供を見てどんどん自信をなくし、母乳外来に行くのをキャンセルしました。
「混合でいく!」と決めるまでの生後2週間本当に辛かったです。(DDママ)
間瀬医師
お母さんが一生懸命におっぱいを赤ちゃんに含ませてみるものの、赤ちゃんが何度も泣いている様子が思い浮かび、さぞ張りつめた気持ちであったことでしょう。
追いうちをかけるように「ミルクはあげてはいけない」と言われ、赤ちゃんが泣き続ける姿は、お母さんのお気持ちをお察します。
母乳育児に『完全』はありません。少しでもお母さんがおっぱいを赤ちゃんに含ませていること自体が、立派な母乳育児です。
そしてお母さんの顔が穏やかであること、笑顔であることが、赤ちゃんの一番の幸せだと思います。
【2】ミルクは敵ですか?
上の子はほぼミルクで育てたので、すごく不愉快でした。(ねびママ)
間瀬医師
おばあ様から、ミルクでの育児が悪いように言われ、気分を悪くされたことと思います。
おばあ様にとっては、かわいいひ孫が健やかに育ってほしいとの願いからのアドバイスなのでしょう。
もしかすると、母乳育児への特別な考えや経験があるのかもしれません。人生の先輩でもある、おばあ様の考えを聞いてみることも良いかもしれません。そして、お母さんがどうしてミルクを選んでいるかもお話しされると、話が深まるのかもしれませんね。
そのうえで、赤ちゃんにとっては、お母さんが一番の理解者です。お母さんが一生懸命されている育児が赤ちゃんにとっても一番の方法だと思います。
【3】監視されているようでした…
ですが、義母や義姉からの母乳推進の圧力がすごく、一緒に食事をすると私だけ別メニューにされたり、食べるもの、飲むものを逐一チェックされました。正直、ストレスでした。(あーちゃまんママ)
間瀬医師
お義母さまやお義姉さまから全てをチェックされるとなると、食事の楽しさなど感じられず、辛い思いをされたことでしょう。母乳育児の意欲も、少なくなってしまうかもしれませんね。
母乳の量や質に影響を与えるといわれる食べ物はありますが、授乳中もいつも通りの食事で構いません。お母さんが色々なものを食べることで母乳の味にも影響し、赤ちゃんは味覚を発達させるともいわれています。お母さんが健康的で、そして美味しい食事が一番です。
お義母さまとお義姉さまの行動は赤ちゃんを思ってのことと思いますが、理解を得られるように、助産師や医師、IBCLC(※)に一緒に相談をされることもお勧めします。
※IBCLCとは、国際認定ラクテーション・コンサルタントのこと。母乳育児の専門知識とケアの技能を備えたヘルスケア提供者に与えられる国際資格。JALC(日本ラクテーション・コンサルタント協会)のホームページJALC(日本ラクテーション・コンサルタント協会)のホームページでは、IBCLCについての紹介、「災害時の母乳育児」など、母乳育児の情報を発信しています。
【4】子供の体重が減っているのに…
ですが、ミルクの足し方などは教えてもらず、成長曲線を下回るほど痩せてしまいました。(はくママ)
間瀬医師
母乳の量が足りないように感じながらも、ミルクの補足の仕方を教えてもらえず、心配な毎日を過ごされたことと思います。
赤ちゃんの体重が増えていないことを知られたときは、悲しい思いをされたことでしょう。
入院中のお母さんの不安に対して、おっぱいの量が足りているサインやミルクの補足の方法などを、もう少しお伝えできていれば…と思います。赤ちゃんのために、IBCLCなど様々な医療者がいます。どうか遠慮なくご相談ください。
体重の伸びは下回っているようですが、お母さんが母乳を与えていることは、赤ちゃんの健康や発育に大きく役立っていることは間違いありません。
【5】母乳が「なぜ」いいか、きちんと知りたい
産後、母乳を出すためのマッサージや搾乳、頻回授乳はとても眠くて大変でした。
WHOでも母乳育児を推奨しているので、母乳がいいことはわかっています。でも、科学的なきちんとした情報がほしいです。(ぴいこママ)
間瀬医師
赤ちゃんに少しでも母乳を与えようと、搾乳や頻回の授乳を頑張られていた様子が伝わってきます。
母乳育児は、哺乳類としては約2億年、ヒトにとっては約200万年の集大成といえます。ヒトに最も適した栄養であり、消化も良いです。
母乳には細菌を攻撃する細胞や物質が含まれており、様々な病気を防いでくれます。知能への影響や将来の病気も防ぐ力があるといわれています。
お母さんにおいても、乳がんや卵巣がんを少なくし、月経の再開を遅らせて避妊や体調を改善するというメリットもあります。
他にも様々なことが科学的に証明されています。母乳を少しでも与えることは母児ともに大切なことです。
【6】情緒不安定で冷静さを欠いていたかも…
ミルクを与える度に赤ちゃんに悪影響があると思い込んでしまい、「ミルクを飲ませている自分は最低な母親だ」と自分を責めていました。
ミルクでも母乳でも変わりなく赤ちゃんが育つということは知識としてわかっていたのに、あの頃は情緒不安定で考え方も偏っていたように思います。
偏平陥没乳首で赤ちゃんがうまく吸ってくれなくて、それに関してもすごく焦ってしまい「もう1週間経ってしまった」「もう2週間経ってしまった」と一日一日が過ぎていくことが苦痛でした。早く直母で完母にしなきゃ、その一心でした…。(すっぴーママ)
間瀬医師
生後間もなくはお母さんも心身の不調が多く、その中でミルクを与えることが赤ちゃんに悪いように感じ、不安が募られたことと思います。
また乳頭の形からうまく吸えていないように感じられ、さらに辛い思いをされたことでしょう。
一滴もミルクを与えてはいけない印象もありますが、お母さんが少しでも母乳を与えられたことは、お母さんにとっても、赤ちゃんにとってもたくさんの良い働きがあります。
乳房や乳頭の形は、母乳育児には基本的に関係はしないといわれます。気になることがあればIBCLCなどの医療者にも相談してもよいでしょう。
お母さんが赤ちゃんに一生懸命に向き合っていたことは、赤ちゃんには十分に伝わっていると思います。
母乳育児サポートの専門家・間瀬医師から
「ママたちに伝えたいこと」
赤ちゃんの誕生を迎えたあと、産後1ヶ月で産婦人科健診があります。
私たち産婦人科医はお母さんの体が順調に回復しているかを確認していますが、お母さんから寄せられる質問は、授乳を含む赤ちゃんとの育児に関わることが多いのです。自分の体のことよりも、お子さんのことが最も気になるのが『お母さん』なのでしょう。
「お母さんの悩みに少しでも寄り添えないか」そう考えたことが私が母乳育児支援に携わるようになったきっかけです。
お母さんの心も体も大きく変化する中で、小さな生命と向き合われることは、喜びとともに、戸惑いも多くあることでしょう。周りの家族や友人、ときに医療者もよかれと思ってかけた言葉が、お母さんには辛い言葉になってしまうこともあるかもしれません。
赤ちゃんが誕生すると母乳が出てその母乳で赤ちゃんが育つことは、哺乳類としては自然のことかもしれません。でも、とても不思議なことでもあります。
その不思議さに正解が一つではないように、育児に「正しい」はなく、それぞれのお母さんが行っている育児法がお子さんにとって一番です。
お母さんを始め、家族の皆さんも健やかに育児ができるよう、私たち医療者も近くにいます。どうぞ、遠慮なく声をかけてくださいね。
取材協力:産婦人科医 間瀬徳光先生
2005年 山梨医科大学(現 山梨大学)医学部卒。板橋中央総合病院、沖縄県立中部病院などを経て、現在は医療法人工藤医院院長。産婦人科専門医、周産期専門医として、産科・婦人科のいずれも幅広く診療を行っている。IBCLC(国際認定ラクテーション・コンサルタント)として、母乳育児のサポートにも力を注いでいる。
※アンケート概要
実施期間:2018年9月13日~2018年9月17日
調査対象:「ninaru baby」利用者
有効回答数:2,557件
収集方法:Webアンケート